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創立者チャニング・ムーア・ウィリアムズと「建学の精神」

総長 西原 廉太

 保護者の皆様には、日ごろ立教大学のためにご協力いただき感謝申し上げます。

1874年、東京築地に立教を創設した米国聖公会宣教師、チャニング・ムーア・ウィリアムズの「ミッション」とは何であったのでしょうか。1859年、長崎にウィリアムズ主教が来日した時、そこにはまだ「切支丹禁令」の高札が立っていました。禁教令が廃されたのは、立教が創設される1年前の1873年のことです。ウィリアムズ主教が日本で活動を開始した時、ウィリアムズが願った教育に対する基本的需要は、日本には存在しなかったのです。

 現代の教育関係者の多くは、学校を始めるに際し、まず市場の需要を調べ、その後でそれを支える教員や施設を調達するという順序を、何の疑いもなく選択するでしょう。しかしながら、学校教育とは、若い者たちに、如何としても伝えたいことがあり、教えることこそが自らの「ミッション」(使命)であると確信する者によって始まったということを、歴史は教えてくれています。事実、ウィリアムズの約7年にも及ぶ長崎での見通しのない生活と、その後の苦闘がなければ、今の私たちの立教大学は存在していません。そして、ついにウィリアムズが米国聖公会の支援のもと、築地の外国人居留地に、聖書と英学を教える「立教学校」(St. Paul’s School)を開いた時に、集まったのはわずか数人の学生でした。

 教育さえも、市場的原理で考える風潮が支配的となった現代において、もはや、このウィリアムズの孤独を理解することはできないのかも知れません。市場的原理に従えば、厳しくキリスト教が禁じられている国に、キリスト教の学校を開くという危険な選択は決して取らないはずです。もし、ウィリアムズ主教が、現代のような市場的原理で教育を考えていたならば、私たちの立教大学は、決して存在していなかったのです。

 人類が築きあげてきた「知」の体系に対する深い造詣と、これを現実の世界、社会の中で適応していく力を持ちうる「ひと」を生み育てる「場」として、私たちの立教大学は存在しています。この「建学の精神」を基として、時間と空間を超えて、人と人をつなぎ、世界につながる大学で、ご子弟は学ばれます。

 新型コロナウイルス感染症蔓延が収束しない中にあっても、キャンパスで学ぶことの意味・価値を再確認しつつ、オンラインを有機的に組み合わせた豊かな教育を展開いたします。私たち教職員は、ご子弟たちの安全を守ることと、最高級の教育内容・教育環境を提供することを両立させるために、全力を尽くしてまいります。保護者のみなさまにおかれましても、どうぞご理解、ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。