東日本大震災による原子力発電所の事故に伴い、福島県では今なお46,000余りの人が県内外で避難生活を続けている(2018/5時点)。2020年のオリンピック開催に向けて復興した姿を世界に見せるために急速に復興を進め、2017年3月には避難困難区域を除いて避難指示が解除され、避難元に帰還できるようになったが、果たして避難指示解除=帰還と考えてよいのだろうか。帰還しない人はどうなるのだろうか。 帰還困難区域及び避難指示区域である双葉郡の住民を対象に福島大学うつくしまふくしま未来支援センターが行った実態調査(2017/3実施)で、震災時の住居に現在住んでいる方はわずか4.6%、福島県内への避難者75%、県外25%弱、元の住居に問題なく住める方は全体の12.6%にとどまり、修理や建て替えが必要55%、すでに取り壊した13%と、住居問題は深刻である。全体の6割の方が元の居住地に戻れないと回答しているが、多くの方が現在でも元の居住地に定期的に足を運んでいる。愛着がある村や町に帰れなくてつらい、荒れ放題になってしまってつらいと、住み慣れたふるさとに対しての複雑な思いを抱えているのである。避難指示解除となった浪江町の調査(2017/12実施)でも、帰還した人は全体の3%にとどまっている。すぐに帰還したいと思っている人もわずか13%で、その中でも家族全員での帰還を考えているのは1/4程度、帰還は家族の一部、高齢者が中心である。一方でまだ判断がつかない、又は帰還しないと決めている人は全体の約8割に上る。その理由は放射能汚染・除染への不安や、医療・介護の環境整備、商業施設やサービス施設の復旧、住居の問題など様々で、安心して生活できるのか不安材料が多いことが挙げられる。また避難先での長期の生活ですでに学校や仕事など新しいコミュニティが形成され、避難先の方が利便性が高いことなども大きな要因である。帰還しない場合でも浪江町との行き来や今後も祭事や地域活動などの行政でのつながりの継続を希望する人が多いという結果も出ている。 こうした中、原発事故被災者の3つの側面に注目する必要がある。①被爆した可能性があるため、その状況について知る権利(信頼でき専門的な説明を受ける権利)、今後の生活の場について被爆を避ける権利、長期にわたる継続的な健康管理を受ける権利があるということ。②避難者としての帰還する権利・避難の選択の権利があるということ。③被爆という被害を受け避難を余儀なくされ、物的・精神的損害を受けふるさとを喪失した被害者という立場として、加害者の責任を問う立場でもあるということ。こういった被爆・避難・損害という背景から2017年日本学術会議で提言が行われた。 日本学術会議とは国の組織であるが、政府から独立して活動しており、震災後は様々な委員会などから継続して問題を審議し結果を発信している。2017年に行われた提言は、「避難元への帰還か移住かの二者択一を迫るのではなく被災住民の意向を尊重しつつ、より柔軟な政策をとるべき、その一環として避難した被災住民が避難元自治体と避難先自治体双方との結びつきを維持する(その意味で『二重の地位』をもつ)ことを可能にする制度を設ける」というもので、‟住民としての地位”という問題に着目したものである。 調査によると、避難元から住民票を移さずに避難場所で生活をしている避難者が大変多い。2011年に制定された“原発避難者特例法”では、避難指示区域である指定市町村からの避難者いわゆる“強制避難者”は住民票を移さなくても医療・福祉・教育に関する10法律219事務は避難先の自治体が処理することができるよう保障されている。また、指定市町村から住民票を移した避難者でも、希望者は「特定住所移転者」として避難元自治体についての情報提供や訪問、交流などできるよう定めているが、あくまでも詳細は各指定市町村に委ねられていて、実際は避難者を支えるのには十分でないのが現状である。避難が避難者に与える負荷は大変複雑で、元の暮らしとは生活環境も異なり、今後の生活の場(住居)の見通しが立たない、家族間での意見の相違など様々なストレスが重なっている。家族が離れて暮らしている場合も多い。さらに、避難先での避難者に対する社会の誤解や無理解が心理的苦痛を与えており、避難者であることを周囲に隠し、子供を含め孤立してしまうことも多く、避難者を追い詰めているのである。 こういったことを考慮し「提言」がめざすものは、被災者の健康上の不安解消や、帰還や居住地の選択の自由、いわれのない差別の解消、今後の安定した生活の支援などの “子ども・被災者支援法”の理念をもとに“原発避難者特例法”の枠組みを一層発展させることである。帰還か移住かについて、どのような選択を行った場合でもその選択を尊重し、今後も期限なく避難元・避難先が適切に支援を続けること。また避難元に住民登録があるなしにかかわらず双方の自治体との結びつきを維持できるような制度を新設し、避難元・避難先での地位を明確に制度化することで、どこにいても避難元自治体とのつながりをもち、健康管理などの継続した保障が受けられること。避難先自治体で充実した行政サービスの提供を受け、心身への負荷を軽減するものになることが期待できるのである。提言の提案は避難先自治体にも避難元自治体にも追加的な負荷がかかるものではあるが、避難者が避難先において“住民としてのアイデンティティ”を持つことが出来るように避難者を自治体が支援し、自治体を国が支援しなければならないのである。 最後に小森田氏は、避難指示解除によって帰還しない避難者の保障が途切れることがないよう避難住民自身をはじめ関係者の間で今後も議論をして、安心して暮らせる制度を確立すべきであると語り、講演会は終了した。 |