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2022年6月16日(木)SPIRITのInternet Explorerサポート終了について

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私は色々な分野に興味を持ち、興味を持ったらやってみようとすぐに行動する性格なため、この授業の参加を決めた。私はこの授業に参加する前から日本の田舎というようなエリアにとても興味を持っていた。しかし、私自身が田舎で生まれ育ったため、昔から田舎が好きではあったが、田舎について「考える」といったことはほとんどなかった。

私が日本の田舎に興味を持つきっかけになった出来事は、高校2年生から高校3年生までの1年間の海外留学である。私は高校生まで生活の何をおいても「野球」と考えるようないわゆる野球バカであった。小学生の頃から高校野球に憧れていて、高校に入学した時には高校3年間は野球に打ち込んで、野球に青春を捧げるものだとばかり思っていた。

しかし、私の高校生活は思いっきり違うものになった。私は肘を怪我し、野球を続けることが難しくなったのだ。その後、周りの勧めもあり、以前から野球以外に興味のあった海外に、偶然が重なって留学出来ることになった。留学したことで海外のことを見ることが出来たのだが、留学で1番に見えたことは「日本」のことであった。

私はオーストリアの田舎に留学していたので、私の地元が田舎ということもあり、日本の田舎とオーストリアの田舎を比較して考えることが多かった。そこで今まで当たり前だと思っていた地元の風景や自然、人々の性格などの身近な環境が普遍的なものではないのだとその時に初めて気がついた。そして、そこから田舎そのものについて考えるようになった。

また、大学2年次には地元の神奈川県から鹿児島県まで自転車で旅をしたのだが、その際には景観の違いや交流した人達の地域性について相違点を発見することが出来た。しかし、住んでいる人達の生活そのものを詳細に知るということは出来なかったため、授業を通じてなら現地の生活そのものに深く入って体感し、知ることができると考えたため、この授業の履修に踏み切った。

その中でも私がこの授業で達成したかった点は以下の2点である。1点目は、雪国の生活そのものを体験することである。私は神奈川県の田舎出身で、比較的温暖な気候の地域で生まれ育ったので、旅行で雪国を訪れたことはあるが雪に囲まれた地域での生活はしたことがなく、雪国で生活する人々の考えやそこで紡がれてきた文化については体験的にはほとんど知らなかった。そのためこのプログラムを通じて雪国での生活に対しての理解を深めようと考えたため参加した。

2点目は南魚沼栃窪集落と私の地元といった、田舎の間での相違点と共通点を見つけるためである。日本では田舎という言葉で日本の全ての地方を一括りにしてしまう傾向がある。

しかし、田舎と一言で言っても地域によって多様性があり、田舎の中にも様々な独自性や特徴がある。特徴というものは比較してみると見えてくるものだと思うため、今回のプログラムで南魚沼と自分の地元を比較することで、南魚沼の特徴や独自性を掴むとともに、自分の地元の持つ特徴や独自性を再発見するきっかけにもなると考え、自分の地元の特徴を改めて見つめ直すためにも参加してみようと思い至った。

このような理由や経緯から履修を決めたわけだが、この設定した目標以外の事も私は大切にしている。それは童心を忘れないということである。自分が面白そうだと思ったことを積極的にやるようにしている。前述した留学も自転車旅も、面白そうだと自分自身が感じたため行った。この授業も自分自身が面白そうだと直感したからこそ、履修する大きな一歩になったのである。

(1)事前学習

事前学習では私達が訪れる南魚沼の栃窪集落の基本知識や現地に持っていくと良いものなどの講義があり、この時点で南魚沼に対する期待や想像が膨らんでいったのだが、個人的に興味深かったのは周りの人の考えが多様だったことである。人によっては田舎生活そのものに興味を持つ人がいたり、雪国に興味を持つ人がいたり、限界集落における教育について興味を持つ人がいたりと様々な考えを持つ人がいることに驚いた。レクチャーの後に自己紹介を兼ねてこの授業や南魚沼で期待することを言い合う時間があったのだが、この意見交換で周りの人の意見が多様だということに興味深さを感じた。事前学習の前は南魚沼という地域にこそ面白いものがあると思っていたが、周りの人々の考え方は多様で面白いということに気づけたことがこの事前学習での最大の学びだったと思う。

(2)訪問中

地域理解

南魚沼の栃窪集落を訪れた初日には、まず壮大な雪景色に感動した。やはり、普段から雪国とは縁遠い暮らしをしている私にとっては景色そのものが違うため、本当に同じ国なのかと思った。しかし、やはり現地の人々と話してみると日本の田舎の共通点が見えてきた。というのは、全ての田舎という訳ではないが、ほとんどの田舎の人は「地元に何もない」というのである。

【写真1】栃窪地域での雪堀の様子。

例えば上述したような人を感動させることができる雪景色があったとしてもそれは彼らにとって当たり前であり、何ら特別なことではないということである。なんなら、除雪の対象である邪魔な存在と認識しているようでもあると感じた。実際、そこでずっと生活している人にとっては、雪は邪魔なものなのかもしれないし、私もそこでずっと暮らしていたら邪魔に感じてしまうのかもしれない。

しかし、この雪というのは世界でも限られた地域にしか存在しない神秘的な自然である。また、現地の人の話を聞いていると雪があるからできる生活の工夫や遊びなどもあることが分かった。このことから考えるとやはり、ある地域に生まれ育ちその地域から外に出たことがない人は地域の魅力に気づきづらいのだと実感した。その土地の隠れた魅力に気づくことができるのは外部の人間ないし、地域で生まれ育った人が一度外へ出て帰ってきた人であるということを感じた。

例えば栃窪では助け合いが当たり前らしいのだが、雨が降って雪堀が出来なかったときに、一度栃窪集落を離れ東京へ行ったことがある現地の方が私達に栃窪の事を語ってくれた際に、「栃窪は確かに不便さはあるかもしれないが、不便であることで助け合いが生まれるのかもしれない」という様なことをおっしゃっていた。このことからも、外部からの目線を取り入れることで、視野を広くして物事を捉えることができ、地域への理解が深まり、より地域の独自性を掴むことができるといえる。

田舎の違いを生み出すもの

しかし、田舎といっても地域によって独自性があるにも関わらず、私の経験からすると田舎はどこも一緒だと考えられることが多い。 今回の授業でも私が気になったことは他の学生達の考えとして、南魚沼の栃窪を田舎全体の代表として捉えているのではないかということである。他の学生達は東京や埼玉、横浜などの都会出身の学生がほとんどであったため、彼らには都会と田舎の比較という視点があり、私は田舎と田舎の比較という視点で考えていたため、彼らの視点は私には足りなかったので興味深く感じた。

【写真2】現地活動での話し合いの様子

一方で私が疑問に思ったことは、他の学生が栃窪と東京の比較を田舎と都会の比較に直接的に結び付けようとしているのではないかということである。たしかに都会と田舎の比較というテーマは興味深いものである。しかし、栃窪と東京を比較したとしてもそれはあくまで異なる2つの地域の比較であるように私は感じていた。栃窪はあくまで栃窪であって田舎代表ではない。田舎といっても色々な「田舎」がある。つまり、栃窪と東京を比較したとしても、「田舎」と「都会」の比較にはならないということが私の考えである。しかし、学生達は栃窪を田舎そのものだと捉えているように感じた。そのため、都会出身の人々は、ある田舎の地域を見たら、その地域が田舎全てを表象していると考えてしまうのではないかと私は考えていた。以上のような視点もふまえて、同じ田舎という属性である地元と栃窪を現場の活動を通して私なりに比べてみようと考えた。その結果を少しばかり紹介する。

個人的に共通点だと感じたことは、子どもの頃の遊び場が自然であるということである。これは都会と比べると田舎の特徴になるのかもしれない。相違点はまず、気候である。栃窪の方が圧倒的に寒く、積雪量も全然違う。そのため、育てる作物が違う。私の地元ではみかんやお茶を盛んに栽培しているが、それは南魚沼では育てることが出来ない。そうなると景観も違ってくる。

また、人々の性格も少し違うように感じた。どちらの人も優しいが、地元に対しての意見などはまるで違う。栃窪の人は地元に対し少し文句が多い印象を受けたが、私の地元でも文句は出るがどちらかというと地元に対し肯定的な発言の方が多い。

また、遊びでは、南魚沼では雪の上で相撲を取ったりしていたそうだが、私の地元では川で泳いだり山で遊んだり、相撲を取る場合は海で相撲に興じていた。時代の違いももちろんあるが、これは両地域の自然や気候、地形の違いが成せるものである。この少しの比較でも個人的にはたくさんの相違点が見つかり、正直全く別の場所という印象を受けた。

そのため、日本の田舎は一括りで捉えることが出来ないと感じた。つまり、田舎の中でも多様な地域があるということである。一見似ている様に見えるが、「田舎」と一括りにしてしまうと地域の多様性が見えなくなってしまうのではないかと感じた。そして、その違いを生み出しているのが自然であり、その自然から生まれる産業である。それらが地域の外観を作り、さらには生活を変え、特色を生み出すのだと私は考えている。そのため、田舎を理解する際には、自然と生業に着目することで多様性が見えてくると思う。

真の楽しみとは

この授業のテーマの1つに真の豊かさについて考えるということが挙げられていたのだが、私は豊かさというよりは楽しさや幸せという視点で考えた。私はここの生活で人生の幸せや楽しさとは食と労働だと思った。栃窪滞在中、旅館のご主人が腕によりをかけて地元の食材をメインに使って毎回の食事を作ってくださったのだが、やはりとても美味しかった。地域の新鮮な食材を使った料理は、普段よく食べているインスタントのものとは全く違うものであった。やはり地域のものを使って食べる食事はこんなに美味しいのかと改めて感激した。

また、食事が美味しいと感じる理由は料理そのものが美味であるということもあるが、誰かと話をして食事をすることが食にとってとても重要なものだと感じた。大学生になってから家を出る時間が早くなり、帰るのは遅くになったりするなどして、高校生の頃までのように毎回誰かと食事をする機会は減っていた。栃窪滞在中は毎回誰かと食事をしたことで、改めて誰かと一緒に食事をすることの大切さを実感した。また、栃窪では雪堀の手伝いをしたのだが、雪堀などの労働の後に食べる食事はより一層美味しく感じた。つまり、体を動かして労働をすることで、食事がより美味しく感じるようになるのだ。正直、栃窪滞在中、私は食事の時間をとても楽しみにしていた。

ここでいう労働というのはお金を稼ぐための活動ではなく、体を動かして行う作業の事である。雪堀などはとても重労働で体への負担は大きいが、やっている最中は楽しいし、作業後は爽快感や達成感をとても感じることができる。そのため、爽やかな汗がかけるし、体も心地よい負荷を感じることができ、これが本来の労働なのだと感じた。

人間は本来自然で狩りや採集、農業をして食料を得、活動してきた。しかし、現代社会では、体を使わずにお金を稼ぐスタイルが増えてきている。このスタイルを頭ごなしに否定するわけではないが、人間は元来動物であるため、体を動かさないことはやはりストレスにつながるのだと思う。また、人は自然の中で生活してきたのであるから、自然の中に身を置くだけで、ストレス解消にもなり、爽快感を感じることが出来るのだと思う。つまり、真の楽しさや幸せは自然の中で体を動かし、その対価としてご飯を誰かと一緒に食べることなのではないかと考えた。そして、私はこの2つを満たす現代の労働は農業などの第一次産業ではないだろうかと今は考えている。

(3)事後学習

訪問中は自分の地元の特徴や南魚沼への理解を深め、さらには真の楽しみとは何なのかを考えることが出来た。この事後学習で一番印象に残っているのはある学生の意見である。それは、「東京は故郷になり得るのか否か」という話である。その学生曰く、「東京の人は故郷がないことがコンプレックスである人が多い」と言っていた。しかし、その学生自身は全くそういったものはないそうである。私 はここまで、地方部に目を向けてきたが東京のふるさと性については正直考えたことが無かった。しかし、この学生の意見で東京もまたある地方の一部、つまり数ある地域の中の1つの地域に過ぎないのだと気づいた。しかし、私の今までの生活を見ても都会出身の人は確かにそういった類のコンプレックスを抱いている人は多いように感じる。しかし、東京も地域の一部であると考えると都会の街づくりや都会の在り方も考えなくてはならないように感じた。この意見交換会で感じたことでもあるが、都会出身の人は田舎の文化や社会に憧れを感じている人が多い。つまり、都会にも田舎の地域の長所である部分を取り入れられていく工夫があると面白いのではないか。個人的には都会でも農作業が出来るスペースを増やした街づくりなどが良いのではないだろうかと考えている。

この授業を通して、自分が授業前に考えていた学びの目標を満たすことが出来た。田舎の理解などはまだまだであるが、他学生の意見などを聞いたことによって授業前は全く考えていなかった新たな発見や気づきがあった。この目標+αの「α」の部分が自分一人では全く気付くことのできない学びであったため、授業を通じて学んだ意義が大きかったと感じている。

この授業を通して自分が学んだことは上記の様な地域理解や幸せ・楽しみについてなどもあるが、それ以外に学べたことは、「学び」というものは全ての分野が繋がって関わり合っているということである。ここでいう学びというのは所謂学校での勉強に限らず、日常生活における気づきなども含めた総合的な意味合いでの学びである。何かを学ぼうと思ったときはその専門分野だけではなく、周りの分野にも視野を広げ、様々な分野の知識を得て、経験を重ねるということが大事であると気づいた。また、新たな活動に参加することで思ってもみなかったことが発見できると考えるようになった。

そこで、私は「RSL-ローカル(南魚沼)」を履修後に大学の留学生をサポートするアルバイトや林業体験、魚屋でのアルバイト、ブルーベリーの栽培などに積極的に取り組んでいる。留学生のサポートでは積極的に留学生とコミュニケーションを取ることに努めた。外国の方と関わっていて、個人的に意外であり面白いと感じたことは、日本の地方についての考えである。

日本では昨今田舎暮らしを憧れている人が増えているそうだが実際の現実問題として、自分の周りの都会出身の若者で田舎暮らしを実践しようと思っている人は少ない。しかし、外国の方は日本の田舎にとても興味を持っており、日本の伝統的な暮らしに関心がある留学生なども多く、留学プログラム終了後には日本の地方へ旅行に行こうとする留学生もいた。

さらには、将来的に日本の地方へ住みたいと考える留学生もおり、外国の方は日本の都会だけでなく、田舎にも興味をもっている傾向があると感じた。そのため、興味が高まっているからこそ、外国人に日本の田舎の地域間の差を知ってもらうと、より日本の田舎の地域振興に繋げられると思う。また、外国人に日本の田舎にも多様性があることを知ってもらうことで、外国人から日本人に伝わって、日本人が日本の田舎の地域差に目を向けるきっかけにもなり得ると考えた。

林業体験は元々林業に興味があり、実際に木を切ってみたいという理由から参加した。実際に自分の手で木を切る作業を通じて爽快感と達成感を非常に感じた。つまり、南魚沼でも感じた自然の中での労働の楽しさを林業でも感じることが出来た。

一方で林業体験では第一次産業が持つ厳しい部分も体験させていただくことが出来た。それは天候のことである。私達が林業体験に参加した時には天候の影響から、その日の作業は中止になりそうになった日があった。つまり、第一次産業は天候次第で仕事が思うように進まないのだということも肌で感じることができた。また、私は魚屋でアルバイトをしているため、魚を卸す業者の方から天候や 海の状況によって漁が思うように立ち行かない話などを小耳に挟んだことがあり、天候に左右される厳しさを第一次産業は持っているとわかった。

【写真3】林業体験の様子 学生部主催:第16回夏季フィールドワーク『林業体験-陸前高田の森に学ぶ-』

さらに、私は最近自分でブルーベリーを育てようと画策して畑を耕し、栽培を試みたのだが、土壌を作るところからも含め、一からやろうとするとやはりとても大変で、時間もかかるし、雨で一からやり直しになるなどして、失敗した。このようなことから、第一次産業の持つ厳しい部分を自分で画策した取り組みからも経験することができた。失敗した取り組みもあるが、私は現在も第一次産業に興味を持っている。

それは田舎の比較に視線を向けていて感じた共通点として、必ず第一次産業が必須であると考えているからである。地方を、観光振興等を通じて地域活性化を図ろうとすることは、その地域にとってとても良いことであるように思う。しかし、その観光産業だけでは田舎の生活は成り立つことは出来ない。さらに、田舎の観光は第一次産業が地域の風景や特色を作りだすことによって支えられている。このような理由から、第一次産業に興味を持ち、現在も継続して自分で体験することを重視してインターンシップ等様々な活動に参加している。

正直、これらの活動などは初めから何かと結び付けようとして行ったわけではない。留学生のサポートは外国語を使って留学生と話したかったから。林業は木が切りたかったから。魚屋のアルバイトは魚の捌き方を覚えたかったから。ブルーベリー栽培はブルーベリーが好きだから。というように極めて単純な理由で始めたものである。しかし、私は田舎と自然に対し強い興味があったからこそ、様々な活動の中の色々な要素から第一次産業への関心に結び付けることが出来たのかもしれない。

視野を広く持って様々な活動に参加すると、様々なことが繋がって見えてくるということが履修後の活動によっても再認識し、学ぶことが出来た。例えば海外の人と話したくて始めたアルバイトでもそこから日本の地方部に話が繋がったりするなど、自分が予期していなかったところで話が繋がることがある。だからこそ、積極的な学びが必要であると感じた。

これまでの学びから、私は田舎の理解に対しての自分なりの答えとして、外からのまなざしと第一次産業の理解が重要であるという結論に達した。この答えはこれから変わるかもしれないが、現在はこの答えを核として、豊かな自然を地域の核とした第一次産業の理解に努めたい。また、私は「RSL-ローカル(南魚沼)」の活動やその後の活動から、自然の中での活動が楽しさを感じることに繋がっていると改めて学ぶことが出来た。これからも自然の中で体を動かして第一次産業の経験を積んでいくことで、楽しみながら第一次産業の理解に努めていきたい。具体的には、ブルーベリーの栽培を再挑戦するとともに、新しい作物を育てることにも挑戦していきたい。また、実家が共有林を所有しているので、これからは共有林の整備をしたり、林業インターンシップに参加をするなどして、出来るだけ第一次産業と関わって自分の五感を通しての学びを深めていこうと考えている。

そして、産業の理解を踏まえた上で、地域の比較に取り組んでいきたい。そのために、日本の田舎と呼ばれる様々な地域に足を伸ばし、現地の活動に参加し、自分の目で見ていくことで、地域理解の視点を養っていきたいと考えている。加えて、地域活性化についても調べ、知識を増やしていきたいと思う。

また、このような具体的な活動はもちろんなのだが、私がこれから日常生活に活かしていきたいと思う学びは、視野を広く持つことと学びの連関性である。視野を広く持つことによって様々な事柄について興味を持つことができ、新たな発見に繋がるとこの授業とその後の活動を通じて理解することが出来た。

そのため、今後も様々な分野にアンテナを広く張って、興味がある物を見つけたら積極的に身を軽くして飛び込んでいきたい。また、ここで大事にしたいのは人の意見も聞いてみるということである。前述の様に授業を履修している際に他人の意見を聞くことが多くあったのだが、そこで新たな学びを得ることがあった。他人の意見には自分には全くなかった視点を持った考えがあったりするため、他人の意見を聞くということはとても興味深く、且つ新たな発見をすることが出来るものであると感じている。

そして話を聞いたうえでその意見に対し自分なりに考え、取捨選択することが重要であると思う。これから何かの活動をする時には積極的に人に意見を仰ぎ、視点を増やしたうえで、自分の芯を大切にして様々な活動を行っていきたい。

また、学びの連関性というのは、1つの事を学ぶ時には多様な分野の学びが必要であり、1つの事を学んでいると関係の無いような分野の学びの機会を得ることが出来るということである。何かを学ぼうと思ったら、その専門分野の勉強だけではその専門分野の勉強は極めることは出来ない。また、一方で何らかの勉強や活動を行っているとそれとはまったく別の分野と思われることも予期せずに勉強することが出来る。つまり、何らかの勉強や活動を行うことで、様々なことを学ぶ機会に恵まれることが出来るのである。

そのため、私はこれからも何らかのアクションを起こし、視野を広くして様々な活動に取り組んでいきたい。正直世の中の事象は自分では何と何が結びついているかは分からない部分が多い。だからこそ積極的に活動に参加し、自分の経験によって様々な事柄がどのように結びついているのかについて自分の目で体感した知識を深め、学び続けていこうと思う。

観光学部 交流文化学科 林 洋太朗
(2018年度履修)